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ヤップに青年海外協力隊として赴任した時には6人家族だったホストファミリーですが、
今は私を含めて3人家族です。

ホストマザーには37歳になる息子がいるのですが、この息子のお嫁さんのAさんとの間で嫁姑問題が悪化してしまい、ホストマザーがAさんを追い出す形でAさんは故郷のユリシィに戻っていきました。

すぐ2週間後にAさんの実の母親が訪ねてきて、Aさんの実の娘である2歳のPちゃんと3歳のTちゃんもユリシィに行ってしまいました。

さらに、ホストマザーの息子でAさんの旦那も1カ月後にユリシィに行ってしまいました。

Aさんは私にたくさんのことを教えてくれました。
ココナッツオイルの使い方やアウトサイドの台所の使い方、ココナッツの葉の籠の作り方。
私のヤップ文化の下地は、全部Aさんが教えてくれたものです。

Aさんがユリシィに帰ってから私はいつか絶対にAさんを訪ねようと虎視眈々とチャンスをねらっていました。
Aさんが故郷に戻った直後は、Aさんの居場所などをホストマザーに聞こうとすると「あなたには関係ない」と怒られることが多くてAさんについての情報を手に入れるのも苦労しました。
今回、やっとユリシィに行くチャンスをつかむことができました!!


私にとってAさんはかけがえのない存在でした。
私がステイ先にお世話になった当初からすでに嫁姑の仲は悪くて、Aさんはいつもホストマザーに叱られていました。
私も言葉(英語)のことや仕事のことで叱られることが多く、Aさんはいつも私を励ましてくれました。

これだけ読むとホストマザーは実にいじわるな人に思えるのでしょうが、実際は違います。
確かにとても厳しくストイックだし、周囲に求めるレベルも果てしなく高いです。
でも厳しい反面、困ったときには助けてくれますしホストマザーは自分にも厳しい人です。
私はホストマザーのことを信頼しています。
厳しいには厳しいなりの理由があると思っています。

ホストマザーはAさんのことを「servant」のようなものだと堂々と公言していました。
義理の娘がservantなら、外国人で2年間しか一緒に住まない私は一体何なのか?と不安になることも多かったですが、これはパラオの文化が関係していると思っています。

ホストマザーはパラオ人ですが、パラオでは伝統的に女系文化です。
一家で一番権限があるのは女性です。
これをそのまま我が家に当てはめると、ホストマザーが一番偉くて決定権があることになります。

そして、身分制度がしっかり残っているヤップでパラオ人として生活するのは本当に大変だったと思います。
多少なりとも強がらないとやっていけなかったのでしょう。
ヤップ文化の奥のほうが分かるようになり、ホストマザーの苦労は理解できるようになりました。



時間が経つにつれてホストマザーのAさんに対する感情もマイルドになり、ユリシィにAさんを訪ねていくことを許してもらえるまでになりました。

ヤップは「土地は私有地である」という意識が強く、一見ただのジャングルにしか見えなくても勝手に通ることはタブーです。
また、ヤップ本島と離島とは基本的に異なる文化であり、離島には離島のしきたりがあり旅行者が気軽に行けるような場所ではありません。

旅行者としてユリシィを含む離島を訪ねるには許可証が必要です。
さらに島についたら島の酋長にあいさつに出向き、入島する許可を得なければなりません。

大変に複雑な行程があります。

私はステイ先の親戚が家族として連れて行ってくれたため、許可証なしでいきました。
酋長へのあいさつも実にスムーズだったし、ユリシィについた瞬間から「かよが来た」と声をかけてもらい、ヤップを旅行する際に必ずつきまどう「よそ者」としての煩わしさや不安を感じることなく過ごせました。

私の住んでいる村は離島出身の人が多くて顔見知りだったことに感謝です。

ユリシィには人が住んでいる4つの島があります。
私はそのうちの2つ、mogmog島(モグモグ)とfalalop島(ファラロップ)に行ってきました。
離島への旅は私のヤップ生活の中で最高に楽しかったです。

少し丁寧にユリシィ旅行について書いていきたいと思います。


 アンビィとぽぽ
【ヤップで一緒に住んできたときのAさんと、娘のPちゃん(2歳)】

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