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2011.11.27 ユリシィ秘伝の薬草 その1
カヌーフェスティバルで、とても懐かしい人に偶然出会うことができました。

ヤップでの私の最初にできた友人のAさんです。

Aさんとの出会いは、赴任して1週間くらいたった頃でした。
私は現地語の訓練を受けるためにヤップハイスクールに通っていて、そこで声をかけられました。

「日本語で書かれた古いノートがあるんだよ。
祖母が書いたものだけど、どうしても内容を知りたい。翻訳を手伝ってくれない?」

私はAさんが嘘をついているのではと警戒して即答できず、
とりあえずノートを見せてもらってから考えることにしました。

次の日に彼はノートを持って約束した場所に来てくれました。

Aさんはユリシィ(離島)の高校の先生で、研修のためにヤップ本島に来ている人でした。

そこから彼がユリシィに帰る3週間くらいの間、
定期的に会って翻訳を手伝ったり、ときにはお酒を飲んだり、マウンテンリンゴを採ったり。
私たちはとても良い友達になれました。

アダム

Aさんが持っていたノートは、古い字体のカタカナで書かれていました。
Aさんの祖母は、日本がヤップを統治していたときに学生だったそうです。
その頃の日本語教育により、カタカナを扱えたようです。

ヤップ語もユリシィ語も、文字を持たない言葉でした。(今はアルファベットで表記します)
何かを記録するときには、カタカナを使っていたのですね。

カタカナで書かれたユリシィ語。
とても不思議な感覚でした。

日本から遠く離れた島の人が覚えたての日本語を使って書き留めている姿を想像すると、
なんだかしっくりこないような、それでいて妙に納得できるような感覚になります。

ノートの内容は、ユリシィに伝わる薬草に関する記述と日記です。
ユリシィ語に近い発音を作るために、創作カタカナも何字かは発見しました。

私がカタカナで書かれたユリシィ語を音読して、Aさんが聞き取る。
この作業の繰り返しは、とても居心地の良いものでした。

 アダム2

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