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自然にあるものを上手に利用して日用品を作る技術はすごいです。
特にヤシとパンダナスの葉ではカゴも帽子も器もマットも屋根も何でも作ります。

不要になったら土に還るし、何より元手はタダだし。エコバックよりエコですよ。

見ていると簡単そうな作業でもヤシの葉は固くて編み込むのは一苦労です。
かといってやわらかいパンダナスはカゴが作れる状態にするまでの葉の下処理が大変ですし、葉の両端にトゲまであります。

離島の人はパンダナスの葉を編んでカゴバックを作ることが得意です。ステイ先の離島出身のAさんは自分でカゴバックを作ります。
カゴバックは外側と内側で編み方が違い、別々に作ってから最後に合わせます。

パンダナス
<パンダナスの葉で編んだカゴバック。ちなみにAさんからもらった私の私物です>

パンダナス
<カゴバックの中身を作っているところです。右側に移っている茶色い葉の束がパンダナスの葉です>


パンダナス



パンダナス
<完成した中身がこのような感じです>


パンダナスではカゴだけでなくマットも作ります。
基本的な編み方でマットでもカバンでも作れます。



下の写真はマットです。

パンダナス
<パンダナスの葉でマットを作っている途中の写真です>


パンダナス
<写真のように縦と横を組み合わせて作っていきます>

Aさんのお母さんはとても大きなマットを作っていました。

パンダナス
<これくらいの大きさになると私の手には絶対に負えません。今どこを編んでいるのか分からなくなります>


私が作ると編み飛ばしたときの処理の仕方が分からなかったり、そもそも正方形にならなかったりと初心者丸出しの完成度です。
結局は練習不足で帰国までにまともに編めるようにはなりそうもありません。


何かを習得しようと思ったら、2年間なんてあっという間です。


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2012.12.15 ミクロネシアの「冒険ダン吉」
好きの反対は嫌いではなく、無関心だと聞きます。
関心があるのかないのかでは当たり前ですが、相手や対象の理解度も変わってきます。

嫌いだろうが好きだろうが、意識すればするほどよく分かるようになる。

興味があるか無いかも大事ですが、予備知識があるのか無いのかでも理解度は変わってくると思います。
少しでもいいから知っていることは新しい情報やスキルを得る場合でも、全く知らないことよりも簡単だと思います。
あまり意識していなかったけど体験したことがある、聞いたことがあることは、いつか本気で知りたい、分かりたいと思った時の理解の幅をぐっと広げてくれると思います。


青年海外協力隊としてミクロネシアに赴任する時に、それなりにミクロネシアについて調べたり、本を読んだりしました。
実際は本を一度や二度読んだ程度では、ミクロネシアのことなど一切知らなかった私が分かるわけもなく、なんとなく分かった気がして得意になっていただけでした。

今はミクロネシアのヤップで生活しながら、ミクロネシアについて書かれた本を読んでいます。
とてもよく分かります。
「あ~、あのことはこういう意味があったのか」と断片的な知識や経験がつながり、ストンと自分の中に落ちます。

先日、『「冒険ダン吉」になった男 森小弁』を読み終えました。
冒険ダン吉をご存じでしょうか?私は知らなかったのですが、昭和時代に実在した人物森小弁のことをモデルにして書かれたと言われている南の島を舞台にした話です。

この本の中で、「テンプラ」について書かれています。
今でもヤップでは揚げドーナツの丸いものをテンプラと呼んでいます。私はドーナツは決して天麩羅ではないと思っており、どうしてみんながテンプラと呼ぶのか不思議でした。
森小弁が現在のチュークで生活していた頃、揚げてあるものはパンだろうが野菜だろうが何でもテンプラと呼ばせたそうです。
そういうことなら、確かに揚げドーナツはテンプラです。

さらに練乳のことも書いてありました。私のホストファミリーは「ミルクを飲む」といえば、練乳を水で薄めたものを飲みます。
いやいや、練乳はイチゴにかけて食べるものであって、水で薄めないし、それを飲まないし、ましてや水割り練乳は決してミルクではないと思っています。
加工乳でしかも高いですが(1リットルで3ドル程度します)一応、輸入の牛乳は売っています。
それなのになぜ水割り練乳をミルクと呼ぶのでしょうか。

これも森小弁の頃から甘いものに目がないミクロネシアの人は、練乳を水で薄めたものが大好物だと書かかれています。

水割り練乳がこんなに古い歴史があるのなら、それはミルクと呼んでも仕方ないと妙に納得してしまいました。


ミクロネシアに住んでいなかったら、物語の本筋から逸れるテンプラや練乳の部分は目に留まらなかったと思います。


さて、いつかみなさんがミクロネシアに訪れる時に、少しでもミクロネシアのことが理解できるように私が読んだミクロネシアに関する本を紹介します。

・『「冒険ダン吉」になった男 森小弁』 将口泰治
 明治生まれの森小弁が当時の南洋のトラック諸島(現在のミクロネシアのチューク島)に渡り大酋長になる話です。1945年の終戦までトラックで生きた方です。

本



・「楽園マニュアル 好きになっちゃったミクロネシア」下川裕治
3名の取材者 兼 執筆者がミクロネシア諸国を旅して、旅の様子をレポートする形式で書かれた本です。バックパックを背負って、現地の生活に溶け込む体当たり取材が面白く読みやすいです。
本


・「ミクロネシアを知るための58章」印東道子
ミクロネシア諸島の地理や歴史から始まり生活様式まで扱われており、少し難しいですが、この本を一冊読めばミクロネシアの基本的なことは分かります。
本


・「ミクロネシア『小さな島々』の素顔に出会う」トラベルジャーナル
「単なる情報の羅列ではなく、旅行先国の社会の仕組みや人々の暮らしぶり、さまざまな文化にスポットを当てた〝読んで楽しいガイドブック“」だとうたっているだけあり、写真付きで丁寧に書かれています。文化であっても概要ではなく、イベントや家庭料理などコアな情報も多です。ミクロネシア通になれる一冊です。
本


・「ヤップ島の社会と交換」 牛島 巖
ヤップ社会について専門的な本です。ヤップのことを深く探究したいときには大変参考になります。しかし専門的な本なので、楽しく読むというよりは頑張って読むイメージです。
本


ちょっとだけでも知っていることで、物事の本質というか、大事な部分を理解するためのドアを開いてくれるかもしれません。

時間的余裕があるか、ないか、と言われたら、断然ある!断固ある!ことが協力隊生活をより深みに落としていきます。


この生活もいろいろあります。
良いときも悪いときもあります。
それでも志半ばにして任期を短縮することだけは嫌なので、それなにり問題にぶち当たるとジタバタするのですね。

そして、強く強く学んだことがあります。

ちょっとの積み重ねが大事だということ。

変なところで完璧主義で、頭が固く、大わがままで、融通の効かない ⇒ わ・た・し!!
だから100%を求めてしまう。

でも、そんな花丸な生活なんて到底無理なんですよ。
そんなに単純じゃなかったですね、人生って。

有り余る時間で一生懸命考えてたどり着いた結論は
一発で100点満点じゃなくていい。1点を100回取れば100点になるさ。
ということです。

こんなことを考えていた私が非常に共感したサイトがあります。
「人生充実化Projest」というサイトにある「『ちょっと』を毎日」です。これは Attribute=51 のブログがもとになっています。

(以下 抜粋です)



「ちょっと」を毎日。


現状を変える一発逆転があると思うかもしれないけど、どうやら近道はないみたいです。
毎日少しずつ、少しずつ努力を積み重ねるしかない。まったく人生ってやつは。まったく。
毎日努力している人にはどんな天才も絶対に及ばない。断言していいです。
大事なのは毎日(毎日じゃなくてもいいんだけど、常日頃)続けること。
とにかく結果を焦らない。落ち着けって。
ダイエットしようと思って、いきなり5キロ走るから辛くなる。初日は着替えて玄関出るところで終了。
だけど、やろうと思ったらその日のうちにやる。絶対やる。1歩踏み出すだけでいい。
今日行動を起こさないと、ゴールにつくのが1日遅れるよ。
あんまり遅れると、そのうち門が閉まるよ。




気持ちよく過ごせないのは周りじゃなくて自分が原因です。


気持ちよく毎日を過ごそうとする。しょうもないことでへこまないために、わざわざ悪い種をまかない。
ネガティブなことを言わない。ネガティブなことを言うと、それを聞いた人がネガティブな気持ちになって、自分にネガティブなことを言ってくるのでますますネガティブになる。
ネガティブなことを言う人に近づかない。いつか強くなれたときに相談にのってあげよう。
雰囲気の悪い場所にも近づかない。殺伐としたものは見ない。自分まで雰囲気の悪い人になることない。
すぐケンカ腰にならない。
人を罵倒しない。
足を引っ張らない。だから足を引っ張られる。
恨まない。
「でも、恨むことによって明日への活力がわくときあるよね」という考えはナシです。活力がわいているようで顔つきが悪くなってます。
「辛いときはグチればいい」とか考えない。そのときスッキリしても現状を変えたわけではないので、1ヶ月後にまたグチを言う。
でも、どうしても言いたくなったら1ヶ月に1度だけ言おう。その次は1ヶ月半に1度だけ、その次は2ヶ月に1度。ちょっとずつ言わなくする。
意地悪しない。
「だって最初にしてきたのは向こうだから同じ思いさせてやるんだ」とか言わない。自分のところで流れを切る。それができる人はカッコイイなんてもんじゃない。



1ヶ月間だけ、思い切りがんばれば、きっと強くなれる。


あいさつもありがとうも自分から言う。「相手が言ったら言うけどね」とか考えない。
できるだけ自分が先陣切る。みんな最初にやってくれる人を待ってる。失敗したって笑わないって。
ドアを開けてもらったときは「すいません」じゃなくて「ありがとう」って言う。
コンビニやお店のレジで商品を手渡されるときに「ありがとう」って言う。店員さんは絶対嬉しそうな顔をする。
いきなり「ありがとう」は言えないから、まずは「どうも」から始める。ちょっとずつ。
「もう限界」ってときは、あと1歩だけがんばる。あと1歩がんばったら「やーめた」って言ってOK。よくがんばった。
人の話は素直に聞く。まずは聞く。納得できないときは家に帰ってから「いやー、やっぱり納得できねぇな」って言えばいい。
好意で接すれば、必ず好意を返してくれる。最初の1人がそっけなくても諦めない。5人続ければウソじゃないってわかる。
いざってときに馬鹿力はでない。出るのは普段の生活で染みついた実力だけ。
できないことがあるときは練習する。「練習」は子どもの特権じゃない。



人とのつながりを大事にする。


ときどき、この世に自分しかいなかったとしたら、今日1日やったことをやれただろうかと考えてみる。
たぶん、最初からつまづく。運転手のいない電車は動かない。整備士のいないケータイはつながらない。
いろんな人がいてくれることを、ちょっとだけ考える。ありがてぇなぁ。
「自分は自分の信じた道を行く」の道は、びっくりするぐらいたくさんの人に支えられている。
少しは返せ。
贈り物は受け取る。「悪いから」と言って断られた方の気持ちも考える。受け取ることも大事。
たまには人にプレゼントをする。すると人生で最も難しいことだとわかっちゃう。あいつはいつもすげぇなぁ。
人には良い面と悪い面がある。どっちか一方で判断しない。
人には良い雰囲気のときと悪い雰囲気のときがある。どっちか一方で判断しない。
自分だって、調子良いときと悪いときがあるじゃんよ。みんな同じ。
みんな正義感を持って言っている。納得できなくてもそれだけはわかろうと思う。
人を怒るのはその人のためになるときだけ。
でも「あの人のためだから」と言いつつ、自分のストレスをぶつけない。
大丈夫?と聞かれたときに「全然ダメだよ」とか言わない。ありがとうって言う。手伝ってくれる?って聞く。
一言余計です。ぐっとこらえましょう。
うまいこと言おうなんて考えない。いやらしい。
いつかわかってもらえるときが来る。
いつかわかりあえるときが来る。
だから自分から関係を絶たない。自分からは絶対に絶たない。
まじめな人を見かけたら、まじめなことを褒めたい。
優しい人は、きっと昔に辛いことがあったんだと思うんだな。もしよければそのときの話を聞いてあげたいね。



何かのせいにしない。


自分の気持ちにだけは嘘をつかない。
運気とかツキとかを信じない。「そうか運気が悪いからなんだ…」ってわかっても、どうしようもないべ。
だけど「笑う門には福来たる」だけは狂ったように信じる。
騙されないぞ、損しないぞと身構えない。
裏ばっかり読もうとしない。そんなクセつけなくたって、痛い目を何度か見れば体が覚える。
世の中の真理を知って満足しない。そこからどうするか、自分に何ができるかを考える。
すぐに評価を決めない。3回ぐらいチャンスをあげようよ。
まずいレストランは、きっと今日新人が入ったんだよ。がんばれ新人。
ちょっとぐらいつまらないエントリーが続いても、ブログを読むのをやめない。下手な絵とか笑っとけ(笑)
自分のことをダメとか言わない。そんなことない。
きついことに巻き込まれたら、まずはじめに「ぴーーんち!!」とつぶやいておく。ちょっと浮かれる。
騙されたら「だまされちった」って笑ってごまかす。
そんなときもあるさ。
そんな日もあるさ。




にじ
【ヤップで見た虹です。空だっていろいろある。雨も晴天もときどき虹も。ぜーんぶひっくるめて楽しめたら最高だろうな】


ステイ先のK君(10才)はとても折り紙が好きです。
もともと工作系が好きなので紙からいろいろな物を作ることに興味をもったのだと思います。

難しいものは私が一緒に作らないと完成しないのですが、簡単なものなら折り紙の本を見て自力で作り上げます。

彼が才能に恵まれているのも要因ですが、
日本語がまったく理解できないK君が折り紙の本を見て自分で作ることができるのは理由があると思います。

K君が愛用している本は、4・5歳児向けの折り紙の本で、文字がほとんどない代わりに写真で一つ一つ丁寧に工程が示してあります。

字が読めなくても絵や写真を見て同じように作れば、いつの間にか完成しているのです。

おりがみ1
【大すきな「ナウシカ」に登場するオームがプリントしてあるシャツです。彼が自分で作りました。】

おりがみ2
【服屋さんに負けないくらいオシャレなシャツのコレクションです】


一見難しそうなものでも難なく作り上げていくK君。

折り紙の本にあった「七夕の短冊を作ろう」に興味をもち、またまた自分で作りました。
心からびっくりしたのですが、折り紙の本の見本にあったように日本語まで書き写していました。
「さとし」とは折り紙の本に載っていた人の名前です。

K君が日本語の意味を説明して欲しいと頼んできたので教えると、短冊には名前を書くものだと思ったのでしょう。
私の名前を書き加えてくれました。


おりがみ3
【K君が折り紙の本を映して作った短冊です】

本にあった通りに庭の木に短冊を結んでいました。

おりがみ4
【短冊を庭の木に飾るK君】

私は七夕の詳しい説明はしていません。
「7月7日お星さまにお願いすると願い事が叶うんだよ」程度です。

でもK君は折り紙の本に載っていた写真から、短冊を木に飾ることまで理解しました。

K君の様子を見ていて、視覚的な効果は絶大だと実感しました。
文章で長く説明するよりも、たった1枚の絵のほうが適してる場合も多々あるということです。

考えてみればジェスチャーも視覚的なコミュニケーションですよね。
言葉が拙くても相手の視覚に訴えれば伝わるのではないかと思いました。

人は目からの情報に非常に偏って頼っています。
「百聞は一見にしかず」ですよ。


言葉の通じない外国で本気で何かを訴えたいときに、辞書を引きつつ演説文を考えるよりも一枚の写真に勝負をかけたほうが良いかもしれません。


おりがみ6
【最新の作品です。紙飛行機を作りました。】

2012.09.04 家族って何だろう
ホームステイをしている私はヤップの家族のことを本当の家族だと思いたいと願っています。
本当の家族っていう定義がよく分からないですし、そもそも日本にいる家族だって絵にかいたような家族かどうか自信はありません。

今日、離婚して出て行ったはずのAさんと娘二人が離島から戻ってきました。
そのこと自体はすごくうれしかったのです。
でも、気になってしまったことがあります。

また私には何も教えてくれなかったです。
同じ屋根の下に暮らしているのに、私はAさんたちが帰ってくることを知らなかったです。
学校から帰ってきてAさんが家にいて初めて状況が見えました。

Aさんが出て行った時も何も教えてくれませんでした。
だからAさんにも娘にも別れのあいさつすらできなかった。

今回もKくんが「Aさんたちが帰ってくる」と言っていたので、Aさんの旦那に聞いたのですが「知らない」という答えが返ってきただけでした。

大事なことはいつでも私は蚊帳の外です。


仕方ないことだと思っています。
私は期間限定の外人なんだということをきちんと自覚して受け止めたいと思っています。

でも時々頭をよぎってしまう「私は家計の助けのためにいるのかな?」(ホームステイ先にそれなりの額のステイ費用が毎月振り込まれています)の不安に負けそうな時があります。

例え、多少はお金のためであってもいいと割り切っています。

今感じている痛みは私がこの家族が大好きだという証拠なんだと言い聞かせています。
大事なものを手に入れるためには痛みが伴って当然なんだって。
簡単に手に入らないから価値があるんだって。

私もホストファミリーに言っていないことはたくさんあります。
私が思う大事なことは伝えていますが、家族からみて大事なことであったかどうかは分かりません。

自分だけ求めるのは、私も苦しいし、相手も苦しくなる。


日本にいる家族も、大事なことは教えてくれない傾向があります。
すべて終わった後の事後報告で、私はその内容よりもなぜリアルタイムで伝えてくれなかったのか、そのことに衝撃を受けます。

でも良く考えてみると、私が一度だって家族のアドバイスを受け入れたことがあったでしょうか?
初めての人生の岐路であった高校入試から始まり、今の協力隊参加に至るまで、私は自分の好きなように生きてきました。

自分が勝手に「すぐに戻れないような遠い距離」に行っておいて、何かあったらすぐに教えてね は都合がいいことかもしれません。


私が尊敬している人が「一つの物事の反対側には同じくらいの価値があるものが存在している」と言っています。
つまり、家族は何でも伝えられる関係であるべきだ という意見の反対側には これと同じくらいの比重で大事な視点が隠されているはずだということです。

何が正解で何が不正解だなんて言いきれないです。
人生はグラデーションだと思っています。
切り口によってはいろいろな色になる。


困ったことも、失敗することもたくさんあるけど、一番大事なことは「今何ができるか」だと思います。
どんなに後悔しても過去は変えらないし、未来なんて分からない。
でも今なら変えられる。
今この瞬間に何を選んで、どう行動するかが大事なんだと思います。

失敗しないことよりも、失敗したあとでリカバリーできるほうがずっとカッコいい。
悲しい思いをしないことよりも、悲しい出来事が起こったときにきちんと乗り切るほうが気持ちいい。


だからやっと家族全員がそろった今、私にできることをしていこうと思います。
Give&Take じゃなくて Give&Give&Give&Give&Give&Give くらいの気持ちでいきます。

 家族1
【半年以上ぶりにステイ先に戻っていたAさんとPちゃん】


私はホストファミリーが大好きだから。
私は本当の家族だと思っているから。

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